四旬節第4主日「小さな聖書」
「モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない」これは、モーセが竿の先に蛇をあげたように、主イエスご自身も人々を救うために十字架の上で死ななければならない、という意味です。竿先の蛇も、十字架のキリストも、民が神に背いた罪の故に、その罰を逃れることの出来ない民が、救われる唯一の道でした。主イエスが、わたしたちの罪を償うために十字架にかかられたことを信じて、十字架を仰ぎ見るとき、わたしたちに救いが与えられます。
神がわたしたちを救うために与えてくださった律法を、わたしたちは誰一人として守ることが出来ません。わたしたちは、律法に照らして自分の罪を知り苦しみます。神は、罪ゆえに苦しみ、自由を失っているわたしたちを見て憐れに思い、罪の縄目から解放してくださいました。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」キリストは、わたしたちのために十字架にかかり、罪と死に勝利してくださいました。わたしたちがそのことを信じることによって、罪から自由になった命、すなわち永遠の命を得ることが出来ます。
神が罪の奴隷となっているわたしたちを憐れんで、わたしたちが出エジプトを果たせるように御心を語ってくださるのが福音です。この世には、福音を必要としていない人は一人もいません。にもかかわらず、まだ福音を聞いていない方が沢山おられます。わたしたちは、福音を聞き、神の愛を世に伝えるために、礼拝に招かれ、そしてこの世に遣わされていきます。
神が独り子をお与えになったほどに、世を愛された出来事が、主の十字架です。この事実を正しく世に伝えていくのが、わたしたちの使命です。主にあって、見たこと聞いたことを証ししていきましょう。
宮崎教会牧師 木下 理
神がわたしたちを救うために与えてくださった律法を、わたしたちは誰一人として守ることが出来ません。わたしたちは、律法に照らして自分の罪を知り苦しみます。神は、罪ゆえに苦しみ、自由を失っているわたしたちを見て憐れに思い、罪の縄目から解放してくださいました。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」キリストは、わたしたちのために十字架にかかり、罪と死に勝利してくださいました。わたしたちがそのことを信じることによって、罪から自由になった命、すなわち永遠の命を得ることが出来ます。
神が罪の奴隷となっているわたしたちを憐れんで、わたしたちが出エジプトを果たせるように御心を語ってくださるのが福音です。この世には、福音を必要としていない人は一人もいません。にもかかわらず、まだ福音を聞いていない方が沢山おられます。わたしたちは、福音を聞き、神の愛を世に伝えるために、礼拝に招かれ、そしてこの世に遣わされていきます。
神が独り子をお与えになったほどに、世を愛された出来事が、主の十字架です。この事実を正しく世に伝えていくのが、わたしたちの使命です。主にあって、見たこと聞いたことを証ししていきましょう。
宮崎教会牧師 木下 理





